状況は所与である

人生において、仕事あるいはプライベートに関する話題であるかを問わず、困難な状況に陥るということはままある。更に、ある問題を解決したと思えば別の所でまた新たな問題が起きる。世の中というのは実にうまく調和が取れているものだ。

 

たかが一個人によって管理可能な事象というのはごく僅かであり、たいていの物事は自分の意志の及ばないさまざまな要因によって行く末が左右される。

 

こうした状況に対する幼稚な反応というのは、状況を言い訳にする、他責にするというものだが、それは当事者としての主体の放棄にほかならない。

 

与えられた状況に主体として対峙し、意志と創意工夫によって自ら道を切り開くこと。この規律を思い出そうと、「状況は所与である」と呟く。今身を置いている状況というのは、因果によって予め与えられたものだ。その状況に対して主体として対峙するのか、あるいは放擲するのか。

 

この選択は、常に意志の範疇にある。

 

 

 

問いの“余白”

余白を残した問いかけ、とでも言おうか。大事な助言というのは言葉少なく、数年経ってから「あの時のアレはこういうことだったのか」と思い至るようなものが少なくない。

 

他者の助言一つで即変わる程人は単純に出来ておらず、問いを内面化し自分の言葉で解を見つけることでしか人は変わり得ない。即変わったように見えるとすれば、それは契機を与えただけだ。ならば教育者の役割とは、どれだけ芯を捉えた、同時に考える余白を与える問いを授けられるか、ということに尽きるのだろう。

 

あるいは、助言の本質を"説得=convince"というのもあながち的外れでもない。しかし、それよりはむしろ相手が元々漠然と認識しているであろう課題と打ち手の"言語化=articulate"、という方が遥かに実感に近い。修辞における主語をどちらにするかという言葉の問題以上の、重要な示唆を含んでいると思う。

大陸的想像力、海洋的想像力

東南アジア人は日本に比し圧倒的に国際感覚を備えていると見受けられる。

 

エスタブリッシュメントが教育水準の高い英米に子息を送るのを好むということに加え、欧米人、華僑、印僑をはじめとする異邦人らとの交通と融和の地であったという史実がメンタリティに与えている影響もまた少なくない。翻って日本における近代史教育はこうした大陸的想像力、海洋的想像力を排除し、内向きな社会認識を一層助長、強固にする様作用しているのではないか。

 

これは国民としてのアイデンティティの源流をどの時代に求めるか、という問いと言い換えることができる。公教育が暗黙の了解として中心に据えているのは鎖国期の江戸であろう。だから前時代の織田信長山田長政、あるいは後の坂本龍馬高橋是清が“異端“として扱われるのだ。しかしその選定は本質的に恣意的であり、かつ政治的でもある。

 

要するに織田信長山田長政、あるいは後の坂本龍馬高橋是清を本流に置く“日本史”というのもまた同様にあり得るということであり、提起したいのは歴史の大きな流れを見ればむしろそれこそが本来の日本人像たりえたのではないか、ということである。

シティ伝説のバンカー、シーグムンド・ウォーバーグ

歴史学者のニール・ファーガソンは、先の大戦後における金融街シティの復興において最も重要な役割を果たした人物は、シーグムンド・ウォーバーグ(Sir Siegmund George Warburg (30 September 1902 – 18 October 1982))であると述べている。1946年、シーグムンドがロンドンに設立したS.G. Warburg & Co.(以下、"SGW&Co.")はシティに現れるや、英国初の敵対的買収、ユーロボンド市場の創設という革新的な仕掛けによって英国金融街にその名を轟かせた。なお、SGW&Co.はその後紆余曲折を経て1995年にスイス銀行に買収されており(現UBS)、今やその名前は歴史にしか見ることができない。

 

シーグムンドについて語る上で欠かせないのが、彼の出自である。ウォーバーグ家はドイツ・ハンブルグに出自を持つユダヤ系の一族であり、ロスチャイルドに代表されるユダヤの名家と同様、ウォーバーグ家もまた金融によって財を成した。しかし、数世紀に亘り欧州各国に盤石のネットワークを張り巡らせたロスチャイルド、あるいは大西洋西側の新大陸(アメリカ)においてかつてモルガンと双肩する地位を誇ったクーンロープ商会などと比較すれば、当時のウォーバーグはハンブルグというドイツの一地方の名家に過ぎなかった。

 

また、ウォーバーグ家において傍系にあったシーグムンドに対する本家、親類の応対はおよそ協力的とは言い難いものであり、実質的な支援は一切得られなかったという。家系的に傍流ゆえに嘗めた辛酸は、ウォーバーグの姓をもつ彼が本家ハンブルグから遠く離れたドイツ南部の都市バート・ウーラッハに育っていること、大学教育を受けることなく19歳から働き始めたという事実からも窺い知れる。

 

ナチスドイツの迫害を逃れたどり着いたロンドンにおいてシーグムンドは紛れもなく新参者であり、だがそれゆえに、旧来的な慣行や不文律に物怖じせず、敵対的買収という“禁じ手”を仕掛け、成し遂げることができたのだといえる。偉大にして異端。彼を端的に表すならば、そういう形容になるだろうか。

 

年末、個人的なテーマとして金融史に関する書籍を読み漁った。その中でシーグムンド・ウォーバーグという人物の歩んだキャリア、そして彼の生い立ち、パーソナリティとも相まった独自の思想は比類なく魅力的であり、また彼が残したメモが伝える組織運営やプロフェッショナリズムに関する考え方からは学ぶことが多かった。時間を見つけて別途、このブログにメモとして残したいと思う。

 

なお、シーグムンド・ウォーバーグあるいはウォーバーグ家について書かれた本は然程多くはない。その中で、ニール・ファーガソンの"High Financier"、そしてロン・チャーナウの"The Warburgs"の2冊を重要な書籍として推薦したい。

 

 

 

 

 

 

知性の多様性

知性のあり方には様々な方式がありうる。引出しが多いに越したことはないが、一方でオールラウンダーである必要はない。

 

他人を評価するとき、自分が慣れ親しんだ規範によって専断的な態度で接することだけは、厳に慎むべきである。これは(広義の)マネージャー、あるいは採用担当者が犯しがちな誤謬だ。

 

評価する側に回ると自分の基準によって人を見定めることに慣れてしまう。しかしそれは単に、個別具体の趣旨・目的に応じたその状況固有が構造的にもたらす関係性であって、決してそこに優劣はないのである。

矛盾の包容

"謙虚な傲慢"や、"柔軟な我流"など、そういう一見すると相反する素養を兼ね備えていることが人間性に奥行きを与えるのだと思う。

 

これは所謂アウフヘーベン止揚)を言っているのではなく、むしろ矛盾する概念を矛盾するままに包容するということだ。

 

論理的に筋が通っていない(ように見える)概念を自分の中に併存させるというのは生易しいことではない。最初から最後まで観念的なメモになってしまったが、一言でいえばその許容度がつまりは当人の器ということなのだろう。

 

 

才能と持ち場

身も蓋もないようだが、世の中は才能だとつくづく思う。

 

私的な縁を振り返っても、その分野の誰もが知るようなプロのスポーツ選手やミュージシャン、あるいは20代半ばで最高学府助教に登用される才能もいた。自分自身は決して裕福なコミュニティに属していた訳ではないし、先に述べた知人たちとて、少なくとも食卓を想像できるくらいには同じような環境で育っている。

 

だから、生まれた環境が人間を決めるというのは全くもって違う、と思う。兎にも角にも、生まれ持った才能である。ただし才能というのは常に多義的であって、多様な特性と適性がある。それは上に挙げた知人たちとて変わるところがない。

 

だから才能と同じくらいに、その才能を活かす持ち場を選び取り、そこで成し遂げる意志も重要なのだと思う。

 

 

ここからは私事になる。学生時代にある大学教授の本を読んだ。出先でふと足を運んだ書店で手にとったその書籍で彼があるテーマについて述べていたコンセプトは、当時既に他の学者や実務家の本をそれなりに読むよう努めていた自分にも全く異質かつ新鮮であり、それこそコペルニクス的転回に近い経験であった。その延長線上に、今自分が身を置いている場所もあるといってよい。

 

縁とは大変不思議なもので、昨年、その教授にお目にかかる機会を得た。活字から受けていた印象と寸分違わずその見識は鋭く、当時から何年越しの邂逅として万感の想いであった。

 

一方で、今なら自分の持ち場から彼に語りうる言葉があると思った。地上戦で場数を踏んで得た経験なりは、総合的に見れば自分より遥かに優れた知見を備えているような人物に対してであっても、一定の価値があると。

 

今一切の迷いがない、といえば嘘になる。しかし、特定の持ち場を選び取り、己を磨き続けることで初めてもたらしうる価値というものが、確かに在る。

ステップ関数と複線的な仕掛け

しばしば成長曲線は右肩上がりの1次関数的なイメージで捉えられている。俯瞰で見るとたしかにそうかも知れないが、寄りで見るとむしろステップ関数の形をしているのではないかと思う。

 

ステップ関数といっているのは、要するに一定の閾値を超えることではじめて次の次元に移行できるということであり、Inputに対してOutputが比例して伸びていくような漸進的な推移を辿ることはないということである。

 

事業成長をステップ関数的に捉えるということはInputに対するOutputの伸長との関係には常にラグがあることを所与とするということである。物事の見方としてこれは実際、経験則に即している。

 

派生して、複線的に仕掛けるということを頭に入れておかなければならない。先に述べたようにひとつの仕掛けが一定の閾値に達し、次のステップに以降する前には常にラグがあり、また往々にして外的要因に左右される。

 

加えて、成長曲線は一定の段階まで進むと傾斜が緩やかになる。そうすると、単線的な仕掛けのみによっていると(ほぼ必然的に)特定の事象に起因するボトルネックによって手詰まりに陥るか、そうでなくてもいずれ頭打ちを迎える。その時になってから対処法を考えるようでは遅きに失する。

 

結果からプロセスを逆算するならば、要するに期待値とリスクを確率論的に管理するということである。多分に抽象的な概念の域を出ないが、組織であれ個人であれ成長曲線を考える際に、それなりに有用な見方ではないかと思う。

 

 

スタートアップ戦略の定石

時節柄、昨年の振返りと来年の計画を考える頃である。その過程で、以前にごく私的なメモとして残していた走り書きが目に入った。「スタートアップ戦略の定石」と些か大層な題がある。

そんな文章を書いたことさえほぼ忘れていたのだが、読み返してみると(多分に概念的かつ簡素ではあるものの)大枠としてはそれなりに俯瞰的な整理はされているように思われたため、備忘も兼ねてここに記録しておく。便宜上、「スタートアップ」という言葉を用いているが、広く非ドミナントプレーヤーによる、新規性の高いモノ・サービスによる市場における戦い方を、念頭に入れている。

 

スタートアップ戦略の定石

1. コンセプトを削ぎ落とし、磨く

2. 明確な機能を持つ

3. 時流に先んじて仕込む

4. 市場・競合の構造的誤謬を特定する

5. 参入障壁を築く

 

 

「1. コンセプトを削ぎ落とし、磨く」、「2. 明確な機能を持つ」

顧客創造の不可欠な前提としての価値の認知、記憶、想起マーケティングの基本である。ここで伝達するべき価値が「コンセプト」であり、「機能」である。

新規性の高い市場 / モノ・サービスというのは、当事者を除くと実に曖昧模糊としており、殆どの場合、傍目には何をやっているのかよく分からない。よく分からないものは記憶に残らないし、記憶に残らないようなサービス・プロダクトが利用されることもない。「1. コンセプトを削ぎ落とし、磨く」、「2. 明確な機能を持つ」は、こうした典型的課題に対応している。

 

「コンセプト」とは抽象的な価値であり、ステートメントとして簡潔な言葉で表現されていることが望ましい。対して「機能」とは、具体的な価値であり、要するにモノ・サービスを利用することで、何がどうなるのか、ということを指している。あくまで喩えとしてスターバックスコーヒーを引き合いに出すと、前者は「サードプレイス」、後者は「コーヒー」という具合になるだろう(やや荒っぽいが)。自分たちの「コンセプト」と「機能」については徹頭徹尾、自覚的になり、一言でいうと何か?という問を不断に向けて表現を削ぎ落とし、磨き込むというのは企業としての存在意義自体を定義し、外部に宣言することであり、最も重要な作業である。

 

「コンセプト」と「機能」は常に相互補完的である。この点、B2B系のサービスを扱うスタートアップのピッチが「コンセプト」の位相にとどまり、対応する「機能」についての説明が不足、あるいは一読了解ではない、ということがまま見られる。すると、聞き手としてはそもそも“何屋"なのか認知できない(そして忘れ去られる)。一方で、モノ・サービスの「機能」面の説明だけでは価値は十分に伝達しえない。機能とはあくまで個別の具象であり、「コンセプト」によってはじめて、これらを統合的一体的な価値として表現することができる。

 

補助線としては常に、対競合の視点を練り込むべきである。新規性が高いゆえに競合がいない、というのはあくまでサプライヤー視点のレトリックであり、往々にして誤謬である。目を向けるべきは、ユーザーの視点にたったときに、彼らがどのような選択肢を有しているか、その上でなぜ自分たちを選ぶべきなのか、という顧客の潜在的(かつ究極の)問に対する解を提示することである。

 

「3. 時流に先んじて仕込む」

今ある超巨大企業も、時代を遡れば元々は資金も人材にも乏しいスタートアップである。それぞれの勝因を紐解く際、往々にして創業者の天才がクローズアップされることが多いが、具体的な事業の成功というのはタイミングスペシフィックな時代的条件に依っていることにも気づく。スティーブ・ジョブズであれ、マーク・ザッカーバーグであれ、あるいはジャック・マーであれ、いわばマクロ的な時流に乗ってメインストリームに躍り出て、その後今に至る事業の礎を築いた。

 

時機を失さないことが事業成功の欠くべからざる要件とするならば、抽象的にいえば時流に先んじて仕込むというのが鉄則になろう。時流に先んじて、というときの期間はおおよそ5年~最大10年程度の期間になるだろう。拙速に過ぎると大一番にたどり着かずして燃え尽き、遅きに失すると果実を失う。時機と状況に即応して畳み掛ける布陣を張り、そして潮目を見極めること。そして競合に先んじてしておかなければならない。

 

「4. 市場・競合の構造的誤謬を特定する」、「5. 参入障壁を築く」

営利企業は、既存の本業(戦略的ドメイン)に対して経営リソースとガバナンスを最適化する。裏返すと、戦略的ドメインから距離が遠い事業ほど手薄になるのは勿論、仮にコンフリクトが生じるような場合は既存の本業を優先せざるを得ない。これは至極合理的である反面、新規事業 / フロンティアへの進出という文脈においては足枷となる。両利きの経営、ということが言われるようになったが、これは言うは易く行うは難しである。組織の構造に加え、その組織の文化、これは得てして無形かつ評価が困難であるが、企業体の経営において確実に大きな影響を持っている。外面的な構造を変えたとしても、そこに流れる組織文化自体が変わらなければ、変革は起こり得ない。組織文化とはあくまで経営活動からみれば付帯的に醸成される結果ではあるが、だからといって軽視してよいということではない。

 

規模で劣るスタートアップは固有の既得権益がないからこそ、自在かつ任意に戦略的ドメインを定義することができる。それが、市場・競合の構造的誤謬を特定するということである。組織文化についてもゼロベースで、戦略的に(かつ不断の努力に依って)形成することもまた可能であろう。これが持たざるものゆえに有する、(数少ない)強みである。

 

先行者として素早くその構造的間隙につけ入り、複利的な力学が働く構造的優位を確保し、そこに参入障壁を築くことで、柔能く剛を制す式にマーケットを制すること、これがスタートアップ戦略の定石である(さもなければ、顕在化した機会を追随する資本のパワーに駆逐されるのみである)。

 

縁、ということについて

“縁”ということがよく言われるが、その言葉の意味を最近になってようやく、理解できた気がする。当時は縁がないように思えた出会いが後になって、再び巡り合うということがここ数ヶ月、何度かあった。時機が来たということなのだろう。

 

思い返してみればこれまでの自分の人生も、そうした縁が織りなす人々との出会いの中で生れた轍そのものである。意志が道を拓く一方で、縁の導きなしに何かに辿り着くこともできない。ひとり自分の人生だけではない。縁と縁が交錯し、また新たな縁が生起する、その只中を人は生きている。

 

巡り合った縁を活かすも殺すのはまた、縁というものに対する当人の向き合い方に左右されうるとも思った。英語にも、“What goes around, comes around”という言い回しがあるように、経験則としての因果律が伝え説かれるのは万国共通であろう。

 

時代を越えて残る言葉には、確かにそれに相応しい智慧と含蓄がある、としみじみと思ったのであった。

問いを立てる

人の在り方は、問いを立てることで定まる。歴史の一頁に刻まれるような偉業に人を導いたのは、その固有の状況において彼らが定立した問の抽象度と質にある。

 

問いとは証明し、または解き明かそうとする対象である。問いを立てる、とは自らが証明し、解き明かそうとする対象を定めるということだ。極限まで結晶化すれば、問は「あれか、これか (“Enten – Eller”)」の二択として立ち現れる。

 

問を立てる力が及ぶ抽象度こそ、独立した思索家としての当人の器を示すものである。ここで抽象度とは階層としての高度を言っている。

偉業を成した人々の掲げた理念が獏とした後付の美辞麗句としか映らないなら、それは単に彼らが持つに至った問の抽象度が受け手の認識できる射程を超えているということである。

 

単に問いを立てるだけではなく、正しく問を立てるということが肝心である。問は具体の行動を方向付けるフレームである。したがって、そもそもの問が間違っていれば、答えが正しくなることはありえないのである。