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財務モデリング入門(独学用リンク集)

  • はじめに
  • 1. 前提知識(会計編)
  • 2. 前提知識(財務/M&A編)
  • 3. 財務モデリング
    • 3-1: 作法を学ぶ
    • 3-2: 作業/完成イメージを持つ
    • 3-3: 自分でモデルを組んでみる
  • 結び
    • その他参考

 

はじめに

先日、財務モデリングについて何気なくTweetしたところ、思わぬ規模の反応を頂いた。

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青写真を描く

青写真を描く、という事について最近よく考える。周囲に進むべき道の絵姿、大局を示すこと、とでも言えばよいだろうか。しかし、リーダーシップという言葉で言い表すには、手に垢がついた使い古された感じがしてどうもしっくりこない。

 

新しい事業を作る時、まずは自分自身がプレーヤーとして何かしら秀でていなければならないのは言うまでもない。だが、全てにおいて完璧な人など居ないのだし、各々の個性に応じた得意分野、苦手分野もある。様々な人達が共に関わって生きている以上、足りないものは他人に補ってもらうという姿勢が健全なのだ。だが、その中で自分の介在価値は何かという事は常に厳しく問わなければならない。

 

青写真、と言わんとしているのは「ビジョン」、時には「戦略」と巷で言われているものに比較的近い。そして、この「青写真を描く」という能力こそが、リーダーの素質を決するものだと思う。

 

議論の見取り図を示し、論点を宣言する。かつ、それは全体として見た時に一個の統合的な思考に貫かれていなければならない。…と言うと、所謂コンサルティング的なスキルセットに近いように聞こえるが、それは少し違うのだ。

 

喩えるなら、コンサルティング業やアドバイザリー業というのは一般に、白紙のキャンパスを前にする芸術画家の感覚よりはむしろ、美術教室の講師が生徒の作品を手直する時のそれに近い。一定のお作法に従って手を加えれば、それらしい絵にも仕上がるかもしれない。だが、彼等がまっさらなキャンパスを前に、見る人の心を揺り動かすような大作を描く事ができるかといえば、それは完全に別の問題である。

 

何が言いたいかというと、青写真を描くことはとても難しい。そして、一通り出来上がった絵に手を加える方が遥かに楽だし、添削をする立場の方が往々にして賢そうにさえ見える。

 

けれど、「青写真を描く」人がいなければ、一枚の絵すら生まれないのである。

術理

以前、「思考の型を持つ」いう一連の記事を書いたが、それはどちらかというと精神論的な内容であった。自戒と備忘というブログの題にもある通り、あくまでも自分の思考・思索の整理の為につらつら書いたものだったが、改めて自分の核として在る部分を言語化していくという作業の過程を経る事で発見もある。それは不器用ながら現実の課題と格闘しつつ捻り出した軌跡であり、或いは多少なりとも荒波に揉まれる中で残った思想(というと大袈裟だが)と言えるかもしれない。

 

一方で精神論はそれ自体はあくまで精神論であって、何か特定の状況に置かれた時に自分が依って立つ思考・思索の出発点に直ちになりうるような具体を伴うものではない。有り体に言えばコツ、勘所の様なもの、それを武道に倣って「術理」とでもいおうか。術理という概念を説明する事は難しいのだが、一貫した思想に沿った作法・技法というのが一般的な説明になるらしい。自分も意識せずして気付けば頻繁に口にするような文言・フレーズがあるが、それらも単なる利口さの演出という訳でなく、それなりの概念的な理屈付けを伴ったものであるし(たぶん)、良かれ悪かれ、意識を越え身体性すら感じさせるほど馴染んだ言葉でもある。

 

またしても良くわからない事を書いているし、前置きが長いのは悪い癖だと我ながら思う。要するに、Tips(というにはやや柔らかいかもしれない)ものを今後、雑多に書きまとめてみようか、というただそれだけの話である。

 

はじめに

本エントリは私的な独白めいたものである。

 

夢、といささか青い題をつけた。それは、怒涛の様に過ぎ去る日々の中で一呼吸し、改めて十代の頃から自分が志として掲げてきたもの、そして自分が何を目指すのか、そういった事を言語化しておきたいと思ったからだ。その道程で出会った人たちとの御縁、自分の支えとして在り続けてきたものへの反芻を通じて邂逅し、それを記しておきたいという想いもある。

 

言葉

思えば、昔から文章を書くのは好きだったし、何なら学生時代は物書きになりたいと漠然と考えていた時期さえある。書くという営為はとりもなおさず、自分との対話であり、痛みや苦しみを乗り越える為の鎮静剤でもあった。

 

今、自分は日本を去り海の向こう側にいるが、そもそも何を思いこの地に来たのか。ともすれば人は日常に埋没し、目先の事に一喜一憂する。日々に疲弊する中で収まりどころを見つけ、かつて抱いた様に熱く、青い夢を語る事も少なくなってゆく。

 

また歳を重ねるにつれ、自分の役割もまた変化する。かつての独りよがりな酔狂さえ、自分ごとではなくなる。影響力を持つという事は喜ばしくもあり、同時に相応の責任を背負う事でもある。

 

そんな事を考えている中で、改めて今、振返りを兼ねて覚悟を記し、未来に向けた道標として宣言する事を、今この時点でしておくべきだと思ったのだった。

 

越境

今のこの道も、遥か昔、学生時代に自分が掲げた夢の延長線上にある。しかし当時は茫漠とした観念しかなく、何故自分がその着想に執着するのか、それもうまく言葉にできなかったが、異質な共同体の狭間を生きる中で湧き上がる、切実な希求の様なものがあった。

 

此岸と彼岸、エスタブリッシュメントと社会的弱者、持つものと持たざるもの、そういった二項対立の狭間を生き、目の当たりにした不条理と悲哀、憤りや痛みが自分の通奏低音として確かにある。自分も異質な存在である、という過剰な自意識は社会の歪みに対する感受性として育った。当時のあまりに自分は無力で、例え矛先が向こうとも為す術もなく眺めている事しかできなかったが、時にせきをきったように激昂するのだった。

真の悲劇はその実、余りに惨めであり、口にするだに耐え難い痛みを伴う。「他言できるような悲劇は真の悲劇ではない」。自分もまた、かつて目の当たりにし、或いは見聞きした数々に対してここで語る言葉を持たない。

 

世界を記号の集積又は権力或いは差異の体系として眺める事、それは悶々とした感情を整序する物差しとして、時に残酷かつ不合理な社会と折合いをつける為の一つの解という気もした。しかし同時に、こういった分析や整理は、それ自体は何ら社会における変革をもたらすものではない。

かなり後になって、ようやく経済学的な方法論、その先にある実業の世界に対して惹かれたのは、解の確からしさ自体ではなく、それが常に変革を伴うものであり、人々の実生活に対して圧倒的なインパクトをもたらすものであるように感じられた。

 

海外とビジネス

差異への感性は、越境者たちへの憧憬となった。旅行で訪れたアメリカに魅せられ二度と日本に戻らなかった大叔父、海外展開の為、アメリカ視察に訪れた祖父、商社勤めの祖父に口説かれるまま駆け落ち同然で大阪に移った祖母、ドイツに留学した母。話を聞いているだけでもワクワクしたものだった。

 

中学生から高校生にかけて、社会科は特に好きな科目であったが、興味の赴くまま乱読する中で、ある日はたと気づいた。歴史、或いは文化というのはそれ自体、一つの権力の体系ではないだろうかと。日本史であれ世界史であれ、教科書として選別された内容は、見れば見るほど恣意的かつ歪なエクリチュールという気がした。

 

私はいわゆるおじいさん子、おばあさん子であり、生前は大層可愛がって頂いたものだ。祖父母は皆、先の大戦の時代に幼少期を過ごした。いずれの祖父も次男坊であったが、どちらも長兄は東南アジアで死に、家族は悼む亡骸さえなく、紙切れ一枚で彼らの死を知った。

自分が納得できなかったのは、そのアジア太平洋という地域について殆どの日本人は無知であり、特に東南アジアの国々については漠然としたイメージしか持っていないという事だった。多種多様な文化や歴史が交錯し、「大東亜帝国」の支配下とし、いにしえより幾千の物語が去来した地域であったというのに。知る、という事を人はかくも怠るものだろうか。

 

学生時代、 海外で働く日本人とそれなりに接点は持ったが、そこで感じた事も似たような事だった。一流企業のエリートコースで海外赴任を経た彼らは、確かに一回の学生の目にも何か凄そうな事をしている様に写った。だが、個々の業務まで紐解いていくと拍子抜けした、というのが正直な所だった。

 

何より、海外とはいいながら、彼らの仕事は日本社会という狭い世界に閉じているように見えた。本国で取引があるお客の在外法人をカバーする、或いは生産ラインを管理するだけなら、それは座標が変わったに過ぎないのではないか。そう口にする事が彼らのプライドを逆撫でするであろうことも、容易に想像できた。出来上がった仕組みを回す事よりも新しい事業を作る事の方が、またモノを買うよりも、モノを売る方が遥かに真に力量が問われる、それは学生の自分にも自明の事だった。先進国の奢りか、暗黙のヒエラルキーを前提にしているような物言いも気に障った。

 

世界史とは「産業」の発展と、それを指数的に拡散する動力たる「金融」と「貿易」の変遷過程と言い換えてよい。此岸と彼岸を飛び越え結節する事が世界に新たな富をもたらすのだ。それが社会経済の核としてあるならば、どういう仕事を成すべきだろう。

 

それはグローバル市場の複雑な襞に入り込み、異なる共同体・文化に属する人達と相互に関わり、多くの人たちを巻き込み化学反応を起こしながら新たな価値を生み出す事ではないか、というのが自分の出した答えであった。

 

ビジョン

大学卒業後、とあるファームに入り、そこで多くを学んだ志高く、熱量ある言葉を持ち、それを現実のものとして具現化できる能力を備えた同世代、経験豊富なシニアの姿を間近に見、共に働けた事はかけがえの無い財産である。要領が悪く、飲み込みの遅い自分も、彼らに食らいつこうとする事で成長できた事は間違いない。手を煩わせた期間も長かったが、最後にはそれなりに大きな結果も残した、と自負している。

 

退職を決めた事を切り出した後、ある役員とふたりで食事に行った。そこで言われた事は今でも覚えている。「正直、当時の君からは素養を見いだせず、この仕事に向いていないとも感じた。だが、ケースに対する答えを出来ないなりにも絞り出し、粘り強く議論する姿勢は買ってよい、とオファーを出した」と。空回りし思い詰めていた時期に、「人の本質はそう簡単には変わらないのだから、取り繕わず、あくまで君らしい価値を出せばいい」と言ってくれた人でもあった。

 

意志あるところに道は拓ける、と言ったのはリンカーンだったが、業務を経て学んだ事は、要するに意志の力という事になるだろうか。

直感

それでも日本を去る決意が揺らがなかったのは、自分がどういう価値をこの世界にもたらす人間でありたいかを考えた時、海外を土俵とし真に変化を起こせる人間でありたい、というかねてからの想いがあったからだ。そして、様々な領域のプロと関わり学びの機会を得た事で、具体的な方法論と道筋にについて、自分なりの仮説を持つに至った事が、決心を後押しした。海外における(広義の)事業開発を考えた時、ボトルネックは実行面であるというのが私的仮説であった。

国内に身を置こうが、海外案件に携わる機会はあるし、自ら創るべきものであろう。しかし、現場に浸かる事でしか得られない知見、人脈・地脈というものがある。下積みと割切るのは余りに悠長な時間の使い方としか思えず、燻り始めた火種は消える事がなかった。

 

人生の岐路で悩んだ時、最後によるべきはコンセンサスやコモンセンスではなく、己の直感であるべきだ。未来に属する事柄ゆえ満足に言語化できずとも、不思議と時間の経過とともに光明は差し、その時、明瞭な言葉で自分の決断を語る事ができる様になる。

 

BBCワールドサービスをラジオで聞き、海外の英文雑誌を購読し始めたのも、単に田舎の公立校に身を置く高校生の現実逃避めいた海外への憧憬、それ以上に(上に述べた様な)自分を突き動かす根源的な欲動が根にあったはずだ、という整理は大袈裟過ぎるだろうか。

 

機会

「今から3年以内に、手帳一冊だけを手に持って企業を訪問し、仕事を作れるような人間になれ。」 これはある人が、品川の某ホテルで私に言い放った言葉であり、自分が新しい世界に挑戦する契機となった。そう言った彼自身が、この言葉を体現してきた様な人物でもあった。何かしら成した人には語るべき言葉がある。対峙すればそれは判るものだ。

当時の自分には余りに抽象度が高く、真意を測りかねたが、今となってみれば、彼はこの仕事をする上で求められる本質的な素養を端的に言っていたのだと、身に沁みて判る。真に何かを成した人には語るべき言葉があるし、対峙して数秒でそれは感得されるものだ。

 

仕事を生み出す側になるか、その他大勢に甘んじるか。それがこの世界の冷酷な規律であり、後者に甘んじるならば自分もまた、替えが効く人間でしかなく、そうであれば異国に残り続ける意味もない。Up or out、という掟の真意でもある。本音を言えば、日本を発つ前に「3年以内」と心に決めた。それまでに己を限界まで追い込み、自分の器を見極めると。しかし最早、この様な或る種の逃げ道を残しておく必要はなく、御縁のあった様々な人たちに失礼であろう。

 

決して満足している訳ではないが、結果を積み上げる中で十分闘える自信をつけた。どれほど緊張感ある状況にあっても物怖じしない自分に我ながら驚くこともある。しかし、自分の言葉で伝え、動かす。これは誰が相手であっても同じ事だ。

 

「アジア地域におけるビジネス機会の最大化を目指す」

 自分が目指している事を一言で言い表すと、こういう事だ。ASEAN6.5億人、そして日本。まずはこの地域で、国を超えた事業を生み出すプラットフォームとなるような組織を創り、自分はそのダイナミズムを駆動する動力源でありたい。どうやるか?型にとらわれる必要は全くないと思っている。いくつかプランはしたためているが、何も既存の着想に囚われる必要も無い。ただ、社会に変化をもたらす大前提として、明確な存在意義を果たす為には然るべき強力なファンクションを備えていなければならない。組織としても個々人としても。

 

経営の目線を持つ"事と"経営者である"事は天と地ほど違う。事業の"オーナーである"事と、"オーナーシップを持つ"事も然り、そこには大きな隔たりがあるものだ。時に痛みはあれど、それも自分が遅かれ早かれ選び取る事を決めた道である。

 

自ら機会を創り、背水の覚悟で臨む結果もたらされる成長というものがある。これ迄、与えられる事の方が多かったが、今後は先陣を切って切り拓いて行かなければならない。

 

それは例え世界全体から見れば微々たるものであるとしても、自分達にしかなし得ない方法で世界を少しでも良い方向に進める事に寄与できたという達成感、それはまさに得難い歓びであり、より大きな変化を生み出していくよう努める事は、紆余曲折経てこの世界を志した自分なりの使命だと思っている。

 

おまけ|懐かしい本棚

中学~高校生時代は、とにかくよく本を読んだ。生きる指針を求めていた、或いはまだ見ぬ世界への憧憬があった。これらの書物との出会いから今につながる必然はないのだが、然し確かな核として在る様な気がする。気恥ずかしくもあるが、まるで旧友、いや恩師の様に思い出深い書籍であり、今も本棚の片隅から私を見守ってくれている。

 こう思いつくままに並べて見ると、いずれも「越境」がテーマであるというのが面白い。

 

世界最大のヘッジファンド創業者、レイ・ダリオが語る「コロナウイルスは世界経済にとって何を意味するか?」 - What coronavirus means for the global economy - Ray Dalio

 

はじめに

本エントリは、ブリッジウォーター・アソシエーツの創業者であるレイ・ダリオがTedtalkの主催で2020年4月に実施したトークセッション「What coronavirus means for the global economy(コロナウイルスは世界経済にとって何を意味するか?)」の抄訳・要約である。元となった映像は、YouTubeで一般公開されている。


What coronavirus means for the global economy | Ray Dalio

世界最大のヘッジファンドをゼロから作り上げただけあり、彼の見識の奥行きと広がりは桁違いである。言っている事は昔からあまり変わらない様なところがあるが、それも数世紀の歴史的経過を踏まえcyclicalに世の中を見ているという事なのだろう。

 

なお、本エントリはあくまで私的な備忘として書き起こしたものである。ミスリードがないよう最善の注意を尽くしているが、正確性については多少割り引いてご覧頂ければと幸いである。

 

収支とバランスシート、貨幣と信用(クレジット)

コロナウイルスとそれに伴う社会的隔離はまるで津波のように世界を襲ったが、その残骸はどのような様相を呈しているだろうか。それは、収支とバランスシートの観点から考えなければならない。甚大な損失が起こり、大きな”穴”が生まれた。

前提として、貨幣と信用(クレジット)の創造のメカニズムについて理解しなくてはならない。貨幣と信用は様々な形をとって現れる。

この点で現在の状況は、莫大な負債と政府借入、ゼロ金利、非伝統的な่金融政策、これらは1930 年から45年にかけて生じた状況に大変良く似ている。FRB米国債を買い、ヨーロッパも同じ事をしている。世界の70%近くの取引は米ドルで行われ、ユーロもには僅か数パーセントに過ぎない。自国経済の”穴”を埋める事ができる中央銀行は世界に数えるほどしかない。1930 年から45年の金融危機との最大の相違はここにある。貨幣と信用と取り戻す事ができる国、そうでない国の明暗が分かれるということだ。これは富の分配の問題である。我々は今、正念場(=defining moment)を前にしている。これは数千年の期間、周期的に繰り返してきたパターンであり、正面場というのは人々が相互にどう関わるかという問題にほかならない。

 

世界経済を駆動する、「4つの原動力」

世界経済、そこでの生活様式と富を駆動する4つの原動力が存在する。

①生産性

最も強力な力は人々の学習と発明によってもたらされる「生産性」だ。生産性の伸びは緩慢であり、年率2~3%である。だが知識は安定的であり、従って生産性の向上にボラタリティは存在せず、中長期的に我々の生活水準を押し上げる。

②負債の短期的周期、③負債の長期的周期

次に、「負債の短期的周期」がある。これは景気後退と景気上昇、過熱のサイクルであり、およそ8~10年の周期で繰り返す。また、50~75年の周期で訪れる「負債の長期的周期」も存在する。新しい種類の貨幣、或いは信用によってもたらされるものだ。直近では1945年、第二次世界大戦後の新たな貨幣的秩序、つまりブレトン・ウッズ体制(ドルを基軸とした固定為替相場制)として起きた。ブレトン・ウッズ体制によって旧来の貨幣的秩序は一掃された。この時起きるのは秩序の崩壊(breakdown)だ。

 

④政治

「政治」は、我々が相互にどう関わるかに大きく影響する。政治には国内政治と国際政治がある。

国内政治では富の分配と価値規範が問題となる。我々はかつてのアメリカン・ドリームを共有できているだろうか?歴史的に見ればそれは革命として起こる。平穏な態様であれ破壊的な手段によるものであれ、富の分配は行われるべきものだ。ルーズベルトは政策、課税の仕組みを変えた。ヒトラーが権力を手にしたのは、富の断絶があったからだ。

国際政治、つまり国家間の政治においては台頭する権力と対峙する既存勢力という構図がある。競争が生まれ、戦争のリスクが生じる。戦争の兆候としてのストレステストは、75年ほどの周期で訪れる。 

 

我々は全世界的な恐慌に向かっているのか?

マクロ的、通時的な分析

1929年から1932年、世界経済は落ち込んだ。二桁に至る失業率、10%を超える経済規模の縮小、今と同じ状況かというなら答えはイエスだ。1933年、米国は大量の貨幣発行、ゼロ金利政策によって対処を図った、そういう意味でも同じ状況にある。株式市場もまた、以前と同水準に戻る為に長い時間を要するだろう。歴史の中で繰り返し起きてきた事だ。貨幣と信用の創造作用という観点から見れば、これは「景気後退」ではなく、「崩壊(=breakdown)」だ。

 

貨幣の発行、富の再分配により、数年のうちにプロセスは完了し、その後再建されるだろう。それは創造性にかかっている。4つの原動力のうち最大の力が「発明」であり、人類の「適応力」だ。それが過去繰り返されてきたことであり、過去500年間の世界経済を遡ってなされた私の研究成果にも基づいている。

 

そこにRGDP per capita(一人あたり実質GDP)のチャートがある。Depression(不況、原義は「落ち込み」)という言葉から想起されるような陥落はない事がわかるだろう。一時的にGDPが低下し、雇用が縮小しようとも、発明と適応の力が働くことで、世界の秩序は姿を変えるだろうが、不況は過ぎ去る。

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今我々が向き合っているのは貨幣と信用であり、それは単なるデジタルな記号、会計的な事柄でしかない。真のサービス、それは現実のものだがそれとは異なる。数字を変え、うまく抜け出す事ができれば、再構成された世界に戻ってくる。その時の様相は以前と同じではあり得ず、また以前に比して様々な点で健全なものとなるだろう。歴史を見ればわかる通り、人々は十分に貯蓄をせず、或いは不必要に豪奢な支出をしがちである。

 

リーマンショックとの比較

金融システムへの影響について、2008年(リーマンショック)と比較した時、今回の方が状況は悪い。2008年には相当程度のレバレッジ(負債比率の引上げ)があり、経済が落ちこみ、結果として倒産が起きた。これは同じだ。一方、当時、問題の渦中にあったのは銀行であり、不動産担保であり、論点はこれらの銀行を救済し、貨幣と信用の補填をするかどうかということだった。

現在の状況はより複雑だ。銀行以外の数多くの企業、中小企業が危機に瀕している。それは例えば病院であり、各別に救済の是非を見ていかなければならない。コロナ禍は単なるウイルスの問題ではない。ウイルスは過ぎ去るが、問題はその後に残された倒産した個々の事業である。

加えて、有効な金融政策は少ない。金利は限界まで下がり、中央銀行金融商品を買い支えるだけでは正常化せず、米国、或いは必要とする他国の負債も含めて対処する事が、全世界的な購買力と生産力回復には必要となるだろう。

どの業界、集団、企業が生き残るか?

大きく2つのタイプがある。ひとつ目は(例えばキャンベルの缶スープの様に)レバレッジを必要とせず、人々がどの時代であれそれを必要とする類の事業だ。そして、もう一方にイノベーターがいる。新しい環境に適合し、イノベーションを起こす事ができる人たちだ。彼らはまっさらなバランスシートで闘う事ができる。いつの時代にもそういう人たちが求められるし、かつ現れるものだ。

 

資産の分散

貨幣、クレジット、金融危機の根底にあるのは、収支とバランスシートだ。1930年代、その遥か前から銀行の仕組みとそれに関連するシステムは存在したが、現在はテクノロジーが進歩した事でアルゴリズムを活用する事が可能になったし、それが我々がこの25年間に取り組んできた事でもある。コンピュータを利用する事で、我々は思考を複製し、更には進歩的な方法で思考にレバレッジをかける事ができる様になる。それはこの時代の恩恵と言える。

 アルゴリズムを利用した意思決定には大きく二パターンある。ひとつ目は、予めコンピュータに指令を出し、実行させる。ふたつ目は、コンピュータに入力した膨大なデータから意思決定を行うというものだ。この時、単に機械学習をマーケットに適用する事はできないし、どこに投資すべきかを判断しようとする時、我々は背後で作用する因果関係を理解している必要がある。全てをサンプル化する事は不可能だからだ。

 

いずれにせよ、投資で勝つ事はオリンピックで金メダルを取るよりも難しい。オリンピックで金メダルを取ろうとは思わない人たちが、投資では勝てると考える。しかし、遥かに多くのプレーヤーと莫大なマネーが繰り広げるゼロサムゲームなのだ。

 

個人投資家がすべき事は、アセットクラス、国、通貨等、各種資産を多様化し、分散する事だ。キャッシュ(現金)はボラタリティが低い点で、魅力的な投資ではある。しかし、(訳注:インフレを前提にすれば)それは貴方の購買力を年間2%下げる事でもあり、その点でキャッシュは最悪の投資である。現行の貨幣制度が崩壊し、再定義される時に備えて、いくらかの金(ゴールド)或いはビットコインを買う等、伝統的な発想を離れてみなければならない。キャッシュの危険性については理解しておく必要がある。

 

脱グローバリゼーションと、戦争のリスク

Graham Allisonが著書で述べたように、過去500年は16の国家が覇権を巡って争い、うち12回は戦争になった。戦争になれば、国際的な法体系は機能しなくなる。そして、貨幣とは即ち、国家権力そのものに他ならない

私はグローバリストであり、優秀な人たちと共同の利益の為に働く事を夢見ている。しかし、その理想が死に向かっている。なぜなら、我々は分離された断片的な世界を生きている。

 

米国の脱グローバリゼーションはコロナ禍の前から起きていた。歴史を振り返れば、同様のメカニズムとイシューは繰り返してきた事だ。歴史を学ぶ事を怠ってはいけない。その背景にある理由はなにかを考えなければならない。

例えば、いま私は中国を訪れたいと考えている。彼らは様々な点で、このコロナ禍を乗り越える為に世界の助けになれる。しかし、そう発言する事自体が、政治的なリスクとなってしまっている。この点、歴史をみれば特定の他者の悪魔化(=demonization)の例はいくらでも認める事ができるが、それが今、至るところに存在する。従って、この状況を抜け出し、相互の信頼を取り戻さなければならない。

 

今、かつてのアメリカン・ドリームはどこにあるだろうか。私は1949年、第二次世界大戦後の新秩序の世界で育ったが、そこには共同と調和があった。歴史を見れば、文明のシステムは腐敗、闘争を経て再編され、新秩序を生きる、というサイクルを繰り返している。

現在、米国の教育制度は貧しい家庭にとって、満足な資源を提供できていない。言い訳できないほどだ。

功利主義で全てを実現できると考えるのは間違っている。富は、既に富を持つものの元に分配に行き着くものだ。近年の数百年の歴史を振り返っても、全ての社会システムはシステムを支配しようとする人たち自体の為に作用してきた。起業家は金を手にし、政府と協働し、シンボリックな関係を形成する。

 

システムの自己永続化(=Self-perpetuation)が起きる理由のひとつは、富裕層の教育機会は、裕福でない人たちよりも恵まれているからだ。現在、上位40%の所得層は下位60%と比較して5倍、子供の教育関連に支出している。

 

教育の機会と社会的意義

私は資本主義者であり、このシステムを信じている。パイを増やし、パイをうまく切り分ける事ができると。だが今、社会の生産性を増大させる為には改革と再編が必要だと考えている。それは単に金を分配して物理的な生産性を高めるのみならず、心理的な生産性向上にも寄与するものでなければならない。教育は最良の投資であり、コストを遥かに超えて社会の生産性を押し上げ、全体として富を増大させる。 「ベーシック」という程度概念は存在すべきと思う。それは教育であり、医療であり、その水準は確保すべきだ。実際、犯罪或いは監禁・投獄の形となって、社会的コストとして顕在化する。これは一部の慈善事業のみによって改革を成し遂げる事はできないし、それは政府として取組むべき事である。

 

物事の両面を見る

多くの人は議論の質に基づいて判断を下す事ができない。立場によらず事象を見、架橋的に思考できる人がどれだけいるだろう。報道でさえ、ほぼ全ての依ってたつ立場に応じて選び取る事ができる。物事の両面を見る、それは歴史を通じて脅威とさえ捉えられてきた。それは両極を敵に回す事だからである。私は「思慮深い不同意(=thoughtful disagreement)」の信奉者だが、それは時に難しい。

動物的な敵意に晒された時、その為に闘う事ができるか。誰かに殴りかかられた時、殴り返す事ができるか。それこそ、まさに必要とされている事なのだ。

 

結び

我々は非常に厳しい時代におり、決定的瞬間を迎えているが、うまく乗り越える事ができると信じている。いくつかの重要な事柄について再編が行われるだろう。

関連図書

人を見極める - 採用に関する私的覚書 -

 

企業における採用活動の重要性

採用についてまじめに取り組んでいる企業は驚く程少ない。

経営の三大要素として「ヒト・モノ・カネ」とよく言われる。モノ(商品開発、設備投資 etc.)とカネ(ファイナンス全般)については各社内部規定を整備し、参照すべき書物も多く存在する。しかし、こと「ヒト」という話題について、他の2要素と同程度に精緻かつ意思決定に至る仕組みに結実できている企業は殆どない。しかし、採用とは、企業が人材紹介会社に払う35%前後のフィーと当該候補者の年俸を足し合わせただけでも単年で1,000万円は下らないという意味で、広義の投資活動であるといえる。翌年以降も発生する人件費、退職金、或いは教育コストを考えれば億単位のコストであり、特に解雇のハードルが高い日本の様な国でローパフォーマーを見極められずに採用してしまう事はリスクも高い。

 

組織体制については内部統制の文脈で上場企業でそれなりに議論されてきた。だが、それはどちらかと言えば制度趣旨からしリスクヘッジという意味合いが強い。

そもそもここで問うているのは一連の手続き自体ではなく、それが事業戦略との連関においてどの程度綻びなく、強固な企業文化、或いはビジョン(企業理念)、ミッション(企業体としての志命)、バリュー(価値観、行動規範)として貫かれているかという事だ。事業戦略としてのHR部門の役割は「採用」「育成」「評価」の3つの大きく分かれるが、「採用」は手続き自体は類型的な型が用意されており、従って比較対照する事で当該企業の「ヒト」に対する取組の質を図る事ができる。育成も評価もまともに制度がない企業はあれど、採用しない企業というものは存在しないからだ。

 

どういった人材を採用すべきか、という問に対する明快な解を即答できないのは、戦略・戦略の解像度が粗いからである。多くの企業にとっての採用はオペレーショナルな次元(言葉を選ばずに言えば、組織内における代替可能な人員の新陳代謝)に留まっているが、本来は戦略的な視座から出発し、その上でオペレーショナルな位相に降りていくべきだ。その場合、人材要件の定義というものが具体的なアウトプットになるだろう。しかし、ボックス・ティッキング式のシートを用意したところで、実態を見れば所詮はヤマカンに外形的な体裁を施しただけに過ぎない。そもそも、言及されている要件・基準自体が一本筋の通っていないトンチンカンなものであれば、評点を与えても何の意味もない。

 

見極めのフレームワーク - 「考える、伝える、巻込む、やりきる」

人材要件を考える時自分は下記の点を意識しているが、これは非常に汎用性が高いフレームワークであると考えている。面接を行う場合はこれまでの経歴、具体的取組(エピソード)、当人の果たした役割(成果への寄与度)、そして将来目指す姿を順に尋ね、その過程でこれら4点を往復的に行き来し、最終的に当該ジョブで求められる領域に達しているかを判断する。

 

  1. 考える力:業務遂行に必要となる職業的知見・能力、実績、専門的資格
  2. 伝える力:プレゼンテーションスキル、文章力、資料作成、語学力
  3. 巻込む力:人間的魅力、他者への配慮
  4. やりきる力:志、問題解決への執着

 

1及び2は想定される具体的な職務内容により自ずと定義できる。この時、短期(Day1~)、中長期(2, 3年後~)の2つの観点から、要求水準に達しているか、或いは達する見込みはあるかを見極める

 

3及び4は当人の素養という性格が強い。本質的な矯正は難しい領域の為、とりわけ育成という観点からは特に慎重な見極めが必要である。書面審査を通し、実際に面接している時点で一定の足切りラインに達しているという前提に立てば、おおまかに1→4の順に見極めを行い、最後の数分を「4. やりきる力」を見極める事に時間を使うべきだ。

 

この時、答えのない問を投げかけ論客として対峙し、彼/彼女がどこまで粘り強く考え、伝えようとする姿勢を崩さないかを見る。その時、本人の生き様の全てが現れるように思う。敢えて緊迫した対峙の状況を演出する事で、(人間的魅力、他者への配慮=巻込む力)も試される。

もっとも、立場を利用した圧迫と受け取られない様、当該議題に対して互いに対等な立場である事を予め強調し、言葉選びや態度には細心の注意を払う、というのが欠くべからず前提である。

 

 

 

自信を持つとは何か? - “confidence”と“conviction”の相違 -

メンタルコントロールの重要性 

心身共に過酷な環境下に自分を置いていると、時に自分を見失う。自己否定と低パフォーマンスの悪循環に一度入ると、そこから抜け出るのは難しい。

 

高い視座に自分を置き続ける事には痛みが伴う。成長意欲が高く、また責任感が強い人ほど自責思考が強い。現状と目指す姿との差分に自信喪失し、責任感の裏返しとして、全てを抱え込んでしまうのである。しかし、それでスランプに陥る様では本末転倒であろう。

 

パフォーマンスを最大化する為、時には都合良く物差しを変えて自己暗示をかける事も必要である。

 

confidenceとconvictionの相違

自信、という日本語に相当する英語として、“confidence”と“conviction”という言葉が思い浮かぶ。私はいわゆる純ドメ、帰国子女でも留学経験もないのでニュアンスを正しく汲み取れていない可能性はあるが、両者の違いを感覚的に述べると、“confidence”が内在的な要素(過去の実績、努力、評価等)であるのに対し、“conviction”は不確実な未来に属する事柄に対する確信というニュアンスがあると感じる。

 

そして、“confidence”と同じくらい“conviction”を持つ事もまた重要であると思っている。というのも、人は過去ではなく未来に向かって生きているからであり、また将来に属する事柄である限り(濃淡の議論はあれど)不確実性を完全に斥ける余地はないのである。

 

「自信をなくした」という時にその人が失っているのは、“confidence”よりもむしろ“conviction”である事が多い。なぜなら、自責的傾向がある人は(先に述べた様に)高い視座に自分を置き、成長意欲が高く、また責任感が強いからこそ、その差分に打ちひしがれているのだ。視座が低く、成長意欲も責任感もない人はそもそも失う自信すらない。

 

しかし、繰り返しになるが、将来に属する事柄から不確実性を完全に斥ける余地はなく、過去の成功体験、或いは経験則によって予見できる未来などたかが知れている。この点、普段から試行錯誤を行っているという前提に立てば、まずは“conviction”、不確実な未来に属する事柄に対する確信をまずは回復し、保持するよう努めるべきだと思うのである。

 

交渉の作法

  • 序 - 人を動かす、ということ
  • 本題 - 【私的】喧嘩、或いは交渉の作法10か条
    • 1. 「目的」を明確にする
    • 2. 相手の立場で考える
    • 3. (超)簡潔に論点を宣言する
    • 4. 論理と情動を区別する
    • 5. 正論で勝負する
    • 6. 主語を意識的に選別/捨象する
    • 7. 礼儀を失さない
    • 8. 機を逃さず主張する
    • 9. 生殺与奪権を抑える
    • 10. 決裂を辞さない
  • 推薦図書 

序 - 人を動かす、ということ

人を動かす、という事は何かにつけ骨が折れる。人は皆、固有の自我を有し従って異なる利害関係を持つ。同じ組織であってもそれは一様ではなく、無数の思惑が複雑に絡まり合い錯綜する。その煩わしさ故、人との交わりに背を向けて厭世の仙人の様に生きる事は容易い。

だが、何か社会や組織を変革する大きな事を成し遂げようとするならば、そこから安易に逃げ出す事はできない。人を巻き込まずに成し遂げられる事には、限界があるからだ。

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思考の型を持つ (5) - 結論、総論、各論

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ビジネスの世界では「結論ファースト」を徹底すべきである。

その上で、結論に対する理由付け/根拠の提示のために、総論/各論に言及すべきであり、説明を求められない状況での無用な前置き或いは各論への深入りは不要である。

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