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BSを理解せずして財務を理解したとは言えない - 『実務必携 企業審査ハンドブック』

先日、『実務必携 企業審査ハンドブック』(久保田 政純著)を読んだ。

 

本書を手に取ったのは銀行融資についてLender側の目線から整理したものは無いだろうか、という素朴な興味・関心からだったが、いざ読み進めてみると、紙面の向こう側から垣間見れる執筆者の思考の深さと含蓄、積重ねた鍛錬に圧倒され、思わず姿勢を正した。そのような風格を備えた書物に出会う経験は年に数度あれば幸福と思っているが、そんな一冊であった。

本書は単なる企業審査のノウハウ集ではなく、企業経営という大きなテーマを融資審査という側面から読み解いた骨太の内容となっている。徴求すべき帳票や審査時に参照すべき外部資料の指南は勿論、現場感あるケーススタディ(機械工場実査記録、事業計画の作成・精査)やコラムが充実し、また税効果、退職給付、金融商品時価評価、リース等の最新会計基準(当時)が、財務という文脈で持つ意味合いまで詳述されている。更に、資金繰り表の作成・分析、担保審査や評価手順、審査調書の作成作法等、通常のコーポレート・ファイナンス本が取り扱わない実務領域についても詳しい。財務入門編を終えた学習者にとっては、これ以上ない教材かと思う。

第1部 経営者と事業戦略   
 第1章 企業審査とは   
1 企業審査の意義/2 企業審査の観点/3 審査の手順/4 ケース/5 ミニケース 地方銀行の使命/6 要約/7 質問/8 問題   
 第2章 沿革・経営者・経営体制をみる   
1 調査に必要な資料/2 リサーチの手法・ポイント/3 ケース/4 ミニケース/5 要約/6 質問/7 問題   
 第3章 事業概要をみる   
1 調査に必要な資料/2 リサーチの手法・ポイント/3 ケース 地方百貨店業界/4 ミニケース 信越化学の事業戦略/5 要約/6 質問/7 問題   
第2部 マーケティング   
 第4章 生産状態をみる─マーケティング(1)   
1 調査に必要な資料/2 リサーチの手法・ポイント/3 ケース/4 ミニケース 米国印刷機械工場実査記録/5 要約/6 質問/7 問題   
 第5章 販売状態をみる─マーケティング(2)   
1 調査に必要な資料/2 リサーチの手法・ポイント/3 ケース/4 ミニケース コマツの経営/5 要約/6 質問/7 問題   
第3部 財務分析と財務戦略   
 第6章 財務体質をみる   
1 調査に必要な資料(原則5年間分)/2 リサーチのポイント/3 連結決算書のリサーチ/4 税務申告書のリサーチ/5 財務戦略をみる/6 新会計ルールの概要をみる/7 ミニケース/8 要約/9 質問/10 問題(B/S・資金繰り)/11 問題(粉飾)   
 第7章 事業計画および収支予想・償還能力をみる   
1 調査に必要な資料/2 リサーチの手法・ポイント(事業計画)/3 リサーチの手法・ポイント(収支予想・償還能力)/4 ケース/5 ミニケース 和田建機部品の過剰投資/6 要約/7 質問/8 問題(DCF・投資採算)   
 第8章 担保をみる   
1 調査に必要な資料(土地,工場財団,土地関連法規)/2 リサーチの手法・ポイント/3 ケース/4 ミニケース/5 要約/6 質問/7 問題   
 第9章 審査調書 

 

財務三表といえばPL(損益計算書)、BS(貸借対照表)、そしてCF(キャッシュフロー計算書)の3つを指す事は殆どの人が教養としては知っている。

だが、特定期間の会計上の収支の記録であるPLに比べ、一定の時点における資金調達及び運用状況の記録であるBS、現金ベースの収支記録であるCFは一般のビジネスパーソンにも馴染みが薄く、その連関を一体的に本当に理解できている人は少ない。理解、とは単なる加減乗除の算数的繋がりを指すのではなく、特定の値が変化する事で他の費目がどう変化するかは当たり前だが、それが財務的観点から経営に対してどういう意味合い/インパクトを持つのか、という事を感得できているか否かという謂だ。

財務(= Corporate Finance)は、投資とリターン、及びそれを最大化に向けられた資金の調達/運用をテーマとする。そしてBSとCFが重要である理由もここに帰結する。特定期間の会計上の収支(売上高、当期純利益他)しか捕捉できないPLでは、運用原泉となる現金収支 = キャッシュフローを補足する事ができない。従って、財務の世界ではBSとCFが非常に重要であり、文字通り”BSを理解せずして財務を理解したとは言えない”のである。

 

 

財務分析のTips

以下、本書を踏まえて自分なりに学びを整理。

 

1. まずBSを見る
PLを概観し収支構造を把握した後は、本格的な分析の入り口としてBSから精査を行う。本書でも「まず貸借対照表を分析することから、リサーチに入ることをお勧めする」と述べられている。

 

 2. タテの視点/ヨコの視点:費目の内訳と経年変化を見る
タテの視点(費目の内訳)とヨコの視点(経年変化)を両方持つ事が大切である。前者からは投資予算の対象と配賦割合、後者からは投資活動の変遷を観察する事ができる。

キャッシュフローの観点からは、運転資本(≒ 流動資産 - 流動負債)、設備投資(≒ 有形固定資産期末残高 + 減価償却費 - 期初残高)を算出する。売上高やEBITDA等の収支項目に対する比率を見ると同業比較による適正水準との差分が観察できる。

 

2. クロスの視点:各三表を横断した指標(回転率等)を見る

BSへの投資が、PLとCFで収支としてどう反映されているかを知るには、回転率/回転期間等、各三表を横断した指標を見るのが良い。

例)

  1. 総資産回転率(売上高/総資産): PL/BS
  2. キャッシュ・コンバージョン・サイクル (売上債権回転日数 + 棚卸資産回転日数 - 売掛金回転日数 ≒ 運転資本): BS×PL
  3. インタレスト・カバレッジ・レシオ: PL/BS
  •  「企業の収益力が落ちてくると、P/Lに計上すべき項目をB/Sの資産に計上することがあるので、その資産の回転期間が長期化する」という本書の指摘は頷けた。
  • また、「当期支払い金利・割引料を借入金平残(期初・期末平均)で割って求めた平均支払い金利を当該期間の一般的金利水準と比較した時、対象企業の支払い金利が著しく低い時は支払い金利を資産計上している可能性が高い」という。

 

3. 固変分解:損益分岐点を見る

 利益は、売上から費用を減じて求められるが、将来利益の精緻な予測の為には、損益分岐点限界利益を求める必要がある

原則、各費目を固定費・変動費の別に区分し、計算する事が望ましい。但し、十分な資料が得られない場合など、下記方法で損益分岐点の近似値を求める事ができる。

①まず2期間の売上高と総費用を比較する。

②総費用増加額を売上高増加学で割って変動費率を求める。

③売上高に変動費率を掛けて変動費学を算出する。

④総費用から変動費学を引いて固定費を求める。

 

その他: 資本コストに関する留意点

「資本コストと調達コストを行動してはならない。利益留保で調達される自己資本を資本コストゼロ、即ち無原価資金であるという人がいるが明らかに誤りである。企業が利益留保を株主が期待するROICを超える投資に振り向ける事で企業価値の増加を図らないのであれば、株主はその分を配当で受取り別の投資(例えば国債)を行ったほうが良い。つまり、資本コストは資本提供者が企業の行う設備投資に対して要求する最低必要利回りといえる。」

 

 是非、一読をお薦めしたい。

 

 

 

▼参考リンク

 Amazon.com『実務必携 企業審査ハンドブック』(久保田 政純著)