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質問に答える

”質問に答える”事は、簡単な様にみえて実は意外と難しいと思っている。

 

ここでいう”質問に答える”とは、相手の発話を字義通り受け止め、それに対してただ漫然と回答する事を指しているのではない。相対する話者が“自分に対して求めている作為”を正しく認識し、本質的な意味で相手の疑問に対する回答になっている事である。

 

前提として、人は必ずしも自分の思った事をそのまま言葉にしない。むしろ、殆ど全ての場合において、自分の要求を直接的に言語化していないものである。

仕事の取引先である某社宛てに電話をかけたとしよう。ここで取り次いでくれた人に対して、「Aさんと話しをしたいので電話を繋いでください」という言い方をする人はいないだろう。例えば、「Aさん、いらっしゃいますか」という様な言い回しを使う筈だ。

この場合、私が“相手に対して求めている作為”は、字面通りの純粋な二者択一の質問として「Aさんがいるか/いないか」を答える事、ではないだろう。単刀直入に修辞を取っ払って言うなら、要するに「Aさんと話しをしたいので電話を繋いでください」という事が言いたいのである。

 

これをいささか極端な例として、軽々に笑い飛ばす事もできない。というのも、日々行われるコミュニケーションの大半は、電話の取次ぎの様に発話/コミュニケーションが類型化されていない為、相手の言外のメッセージを正確に認識し、かつそれに答えるという事は容易いことではなく、実際にも余り効率的に行われていないからである。

ビジネスの現場において、特に交渉のような利益が対立する構造にある場合はなおさら、互いに相手の心証を探り合いつつ婉曲的な言い回しを用いる傾向が強まる結果、意図した様に真意が伝わらないという事が往々にして起こっている。

 

本当の意味で”質問に答える”という事は案外難しい。そして、ビジネスの現場で日々起こるコミュニケーションのロスはこの問題に帰着すると思っている。 

ゆえに、とりわけ限られた時間で効率的かつ円滑にコミュニケーションを進める事が求められる場面において相対者が何かを話している時は絶えず、「この人のQ(“自分に対して求めている作為”)は何であるか」という事に鋭敏に察知し、かつそれに対して自分が提示すべき答えは何であり、かつそれをどのように(メッセージの明確と心証への配慮を考慮しつつ)伝達するか、ということに思考を巡らせる事を、所作としては徹底しなくてはならないのである。