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世界最大のPEファンドBlackstoneのCOOが贈る言葉 - "隠れた才能"と"自信"について

 

BlackstoneのCOO、John Grayが母校ペンシルバニア大学Whartonで卒業生に送った祝辞の映像を、当校の公式Youtubeチャンネルで観た。これが彼に対して自分が勝手に抱いていたイメージを良い意味で裏切る内容で、とても人間味があり、また大いに奮い立たされるものであった。

 



ブラックストーン、と言えば投資銀行業、ファンド等の金融の世界では知らない人はいないだろう。PE(プライベート・エクイティ)、つまり未公開株中心に投資をし、株主として投資先の経営に関与、企業価値/株式価値を向上させ、最終的には株式を売却(Exit)する事で利益を上げる事業を中心に行っており、過去にはヒルトン・インターナショナル、レゴランド等への超大規模案件への投資実績を有している名実共に世界最大のPEファンドである。

 

直近で世間を騒がせたユニゾへの買収提案等、日本での存在感と知名度も近年増した。2014年には、ゼネラル・エレクトリック傘下のGEキャピタルから、日本法人の住宅不動産事業を1,900億円弱で買収している。

 

 

ブラックストーンはとりわけ、不動産に強みを持つと言われる。この不動産部門の立上げの時からジュニア・スタッフとして関わり、上述のヒルトン・インターナショナルを含む、数々の大型案件を取りまとめ成長させてきた人こそ、John Grayその人である。

 

現在、ブラックストーンの経営陣としてBloomberg TV等のメディアに登場する際のJohn Grayは、プロとして大変迫力がある。しかし意外にも、学生時代は所謂「イケてない」青年だったようだ。

エピソード1. 補欠のバスケ少年

My own basketball career was not quite as magical. Sophomore year, I was cut from the team but the varsity coach in a stroke of mercy chose me and two other kids to be on the practice squad, where we earned the patronising nickname, "the puppies"

 

私のバスケットボール人生は全く輝かしいものではなかった。2年生の時、私はチームから外された。だが、憐れみ深いコーチは私ともう二人の友人を練習試合に出場させた。我々は「子犬ちゃんたち」という不名誉なあだ名で呼ばれた。

エピソード2. 運転は苦手

One of my memorable moments occurred on my 16th birthday. I had just received my driver's license. The pinnacle of coming of age in Highland Park Illinois in 1986 I drove straight to McDonald's and ordered a celebratory Big Mac and fries at the drive-thru. The attendant politely responded, "Thank you mam, please pull around"

 

懐かしい思い出の一つは、16歳の誕生日だ。1986年のことで、運転免許証を手にしたばかりの私はオトナになった証として、マクドナルドに直行し、そこでお祝いにビッグマックとポテトをドライブスルーで頼んだ。

私は丁寧にこう言った、「ママ、ありがとう。車を停めて」。

(訳注:要するに自分で運転していなかったという事だ) 

エピソード3. モテない青春

 Unfortunately my success in the dating arena was even lower than my three-point shooting percentage. I was no ladies man shocker I know.

In December 1991, a few blocks from here at Van Pelt library, I chanced upon an intelligent and beautiful young woman from English class were searching her final essay. I had noticed her from a far the whole semester sitting in the front row and always making insightful comments.

 

私は全くもって女性にモテるタイプではなかった。残念ながら。スリーポイントシュート以下の確率と言った有様だった。

1991年の12月、大学生だった私は、図書館に来ていたある知的な美しい女性に一目惚れした。わたしは彼女と同じだった英語の授業では最前列に座り、常に”示唆に富む”質問をし続けた。

ある日ついに、勇気を振り絞り彼女をデートに誘った。

 

In a highly uncharacteristic move, I convinced myself in that instant that I had to "Just do it", "Ask her out".

 

柄にもなく私はその瞬間、「やるっきゃない!」「彼女をデートに誘うんだ!」と、自分に言い聞かせた。

 

"She said, 'Sure, I'm always up for new experiences'. Translation, I never gone out with a loser before, this should be Interesting"


"彼女はこう言った。「ええ、私はいつも新しい経験に前向きよ」。要は「私はアナタみたいな負け犬とデートに行った事はないけど、悪くないかもね」という訳だ

エピソード4. キャリアの初期、そして”傍流”の不動産部門への配属

 I got a job working for a small financial firm in New York City with less than a hundred employees, Blackstone. I started that summer as an analyst. Working in M&A and private equity and I quickly figured out my role. Run the models, make pitch books, and be sure to order dinner for everyone by 6:30 p.m.
It was not an easy job but I enjoyed it, particularly learning about investing and eating New York City Chinese food.

 

大学卒業後、私はBlackstoneという当時100名にも満たないニューヨークの小さなファームの職を得た。その夏からアナリストとして、M&AやPEの世界に飛び込み、すぐに自分の役割を理解した。財務モデルを回し、ピッチブックを作り、そして6:30前に皆のためにディナーを予約することだ。

ラクな仕事ではなかったが、投資について学び、ニューヨークの中華料理を味わう事を私は楽しんだ。

 

I was asked if I wanted to move into this startup division with no people or dedicated capital, in a decidedly less prestigious industry. Again, a hidden gift and abundance of wheat and flax.

 

そしてほどなくして不動産投資部門に移籍する気はあるか、と聞かれた。人もおらず、大した予算もない新設部門だ。また、セクターとして一流とはされていなかった。ここでも自分の「隠れた才能」を発見する事になった。

 

Joining the real estate businessmen, I wasn't stuck in a cube anymore. I was meeting people, evaluating properties and negotiating deals. Learning about investing and seeing the country.

The transactions were tiny in retrospect. A six million dollar Virginia Shopping Center, and 11 million dollar Colorado Springs hotel. But I was gaining confidence in skills. I loved it all. We delivered terrific returns for our investors and the business grew swiftly.

 

私は不動産業界の関係者と交わる様になり、もうオフィスに缶詰めになっていた以前とは違った。人に会い、資産の評価をし、ディールの交渉もした。投資について学び、国中を飛び回った。

600万ドルのショッピングセンター、1,100万ドルのホテル等、今と比べれば小規模案件だった。しかし私はそこで様々なスキルを学び自信を得た。我々は投資家に対して莫大なリターンをもたらし、事業は急速に拡大した。

 

結び. 図書館で出会った女性との顛末、そして伝えたいこと

It took me six more weeks, but eventually, I gathered the courage for another try.
We went to a Valentine's party February 13th 1992 and nothing in my life has ever been the same.
Just a month later, we saw the remake of "Father of the bride" and walking home together after the movie.
I declared that I plan to spend the rest of my life with her. A gutsy move for a shy somewhat awkward young man but it paid off.

それから6か月、ついに私は勇気を振り絞り、もう一度彼女をデートに誘った。1992年2月13日のバレンタイン・パーティー、それから私の人生は全てが変わった。

その1か月後、私は彼女と『花嫁のパパ』のリメイクを観に行き、映画が終わってから一緒に帰った。私は、こう宣言した。「君と一生、一緒にいたい」と。シャイで落ち着きの無い青年の思い切った行動だったが、それは報われた。

(訳注:Johnはこの女性とその後、めでたく結婚した)

 

Here's my point
Had I been more confident and successful, would I have acted in this way? I doubt it.
I couldn't believe this girl liked me and I wasn't going to let her get away.
That fierce urgency, the hidden gift born of repeated rejection provided the foundation for my entire life.

 

私の伝えたいのはこういう事だ。「もし私が当時、成功者であり自信家だったとしたら、こう振る舞っていただろうか」と。それは疑問だ。私は彼女が自分を好いてくれるなど、信じる事ができなかった。切迫した緊急性、度重なる拒絶の結果生まれた「隠れた才能」は、私の生涯の基盤となった。

 

2007 we acquire Hilton Worldwide for twenty six billion dollars. We're in the big leagues now. Buying the world's largest hotel company.
Unbeknownst to us it was the worst time for major investment.
Ever less than a year later, the global economy collapsed a cyclical lodging.
Investment rated made at the wrong time using twenty billion dollars of debt. We call that a career shortening moment.

 

2007年、我々は世界最大のホテル企業であるヒルトンを60億ドルで買収し、ビッグリーグの仲間入りをした。

その時は判らなかったが、大規模な投資にとって最悪の時機だった。1年もしないうちに経済は周期的な停滞に突入した。200億ドルの負債を使うには最悪の時機だった。逆張りをしたようなものだ。

 

We came out the other side. Having greatly expanded the business and producing a fourteen billion dollar gain for our investors, not too shabby.

From this harrowing experience, I may have received the greatest hidden gift of investing.

Maintaining conviction even when the world think differently.

Everyone was convinced that Hilton was heading to bankruptcy but we saw the strength of the underlying business.

 

我々は苦境を脱した。事業を拡大し、140億ドルものリターンを生んだ。なかなか大した結果と言ってよいと思う。

私はその経験から、重要な事を学んだ。それは、周囲が別の見方をしようが確信を持ち続けるということだ。

誰もがヒルトンは破産に突き進んでいる、と信じていたが、我々は彼らの事業本質的な強みを信じた。

 

We are all given gifts in life. Some like a Wharton degree and the opportunity it offers are obvious. But others we can't see clearly at the time. 

 

誰しも隠れた才能を持っている。ウォートンの学位やそれによって得られたキャリアは目に見えるものだろう。しかし中には、すぐには立ち現れてこないものもある。

 

I promise you too will be given an abundance of wheat and flax on your journey.
Just remember it's what you do with these gifts that matters"

 

人は誰しも、隠れた才能を持っている、そう誓っていい。
そして、それをどう活かし、何をするかこそが重要なのだ。

 

 

学び. "才能を信じろ"、"自信は作り出せ"

John Grayについてはそのオーラから、生まれながらのエリートと思い込んでいたが、その実、学生時代は勿論、キャリアの走り出しも必ずしも順風満帆かつ王道な道筋だったとは言えなかった、という事は意外だった。

彼の力強く、自信に満ちた話し方も試行錯誤の繰り返し、自己プロデュース、何よりも成果を手にする事で得た自信によって後天的に獲得したものであり、才能というよりは努力の賜物であろう。

 

"才能を信じろ"、"自信は作り出せ"

人生は日々の積重ねであり、人生の道を切り開くのは自分自身に他ならない。

そう思わせてくれた。

 

 参考|お薦め書籍
プライベート・エクイティ 勝者の条件

プライベート・エクイティ 勝者の条件

  • 発売日: 2010/05/15
  • メディア: 単行本
 
ブラックストーン

ブラックストーン