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世界最大のヘッジファンド創業者、レイ・ダリオが語る「コロナウイルスは世界経済にとって何を意味するか?」 - What coronavirus means for the global economy - Ray Dalio

 

はじめに

本エントリは、ブリッジウォーター・アソシエーツの創業者であるレイ・ダリオがTedtalkの主催で2020年4月に実施したトークセッション「What coronavirus means for the global economy(コロナウイルスは世界経済にとって何を意味するか?)」の抄訳・要約である。元となった映像は、YouTubeで一般公開されている。


What coronavirus means for the global economy | Ray Dalio

世界最大のヘッジファンドをゼロから作り上げただけあり、彼の見識の奥行きと広がりは桁違いである。言っている事は昔からあまり変わらない様なところがあるが、それも数世紀の歴史的経過を踏まえcyclicalに世の中を見ているという事なのだろう。

 

なお、本エントリはあくまで私的な備忘として書き起こしたものである。ミスリードがないよう最善の注意を尽くしているが、正確性については多少割り引いてご覧頂ければと幸いである。

 

収支とバランスシート、貨幣と信用(クレジット)

コロナウイルスとそれに伴う社会的隔離はまるで津波のように世界を襲ったが、その残骸はどのような様相を呈しているだろうか。それは、収支とバランスシートの観点から考えなければならない。甚大な損失が起こり、大きな”穴”が生まれた。

前提として、貨幣と信用(クレジット)の創造のメカニズムについて理解しなくてはならない。貨幣と信用は様々な形をとって現れる。

この点で現在の状況は、莫大な負債と政府借入、ゼロ金利、非伝統的な่金融政策、これらは1930 年から45年にかけて生じた状況に大変良く似ている。FRB米国債を買い、ヨーロッパも同じ事をしている。世界の70%近くの取引は米ドルで行われ、ユーロもには僅か数パーセントに過ぎない。自国経済の”穴”を埋める事ができる中央銀行は世界に数えるほどしかない。1930 年から45年の金融危機との最大の相違はここにある。貨幣と信用と取り戻す事ができる国、そうでない国の明暗が分かれるということだ。これは富の分配の問題である。我々は今、正念場(=defining moment)を前にしている。これは数千年の期間、周期的に繰り返してきたパターンであり、正面場というのは人々が相互にどう関わるかという問題にほかならない。

 

世界経済を駆動する、「4つの原動力」

世界経済、そこでの生活様式と富を駆動する4つの原動力が存在する。

①生産性

最も強力な力は人々の学習と発明によってもたらされる「生産性」だ。生産性の伸びは緩慢であり、年率2~3%である。だが知識は安定的であり、従って生産性の向上にボラタリティは存在せず、中長期的に我々の生活水準を押し上げる。

②負債の短期的周期、③負債の長期的周期

次に、「負債の短期的周期」がある。これは景気後退と景気上昇、過熱のサイクルであり、およそ8~10年の周期で繰り返す。また、50~75年の周期で訪れる「負債の長期的周期」も存在する。新しい種類の貨幣、或いは信用によってもたらされるものだ。直近では1945年、第二次世界大戦後の新たな貨幣的秩序、つまりブレトン・ウッズ体制(ドルを基軸とした固定為替相場制)として起きた。ブレトン・ウッズ体制によって旧来の貨幣的秩序は一掃された。この時起きるのは秩序の崩壊(breakdown)だ。

 

④政治

「政治」は、我々が相互にどう関わるかに大きく影響する。政治には国内政治と国際政治がある。

国内政治では富の分配と価値規範が問題となる。我々はかつてのアメリカン・ドリームを共有できているだろうか?歴史的に見ればそれは革命として起こる。平穏な態様であれ破壊的な手段によるものであれ、富の分配は行われるべきものだ。ルーズベルトは政策、課税の仕組みを変えた。ヒトラーが権力を手にしたのは、富の断絶があったからだ。

国際政治、つまり国家間の政治においては台頭する権力と対峙する既存勢力という構図がある。競争が生まれ、戦争のリスクが生じる。戦争の兆候としてのストレステストは、75年ほどの周期で訪れる。 

 

我々は全世界的な恐慌に向かっているのか?

マクロ的、通時的な分析

1929年から1932年、世界経済は落ち込んだ。二桁に至る失業率、10%を超える経済規模の縮小、今と同じ状況かというなら答えはイエスだ。1933年、米国は大量の貨幣発行、ゼロ金利政策によって対処を図った、そういう意味でも同じ状況にある。株式市場もまた、以前と同水準に戻る為に長い時間を要するだろう。歴史の中で繰り返し起きてきた事だ。貨幣と信用の創造作用という観点から見れば、これは「景気後退」ではなく、「崩壊(=breakdown)」だ。

 

貨幣の発行、富の再分配により、数年のうちにプロセスは完了し、その後再建されるだろう。それは創造性にかかっている。4つの原動力のうち最大の力が「発明」であり、人類の「適応力」だ。それが過去繰り返されてきたことであり、過去500年間の世界経済を遡ってなされた私の研究成果にも基づいている。

 

そこにRGDP per capita(一人あたり実質GDP)のチャートがある。Depression(不況、原義は「落ち込み」)という言葉から想起されるような陥落はない事がわかるだろう。一時的にGDPが低下し、雇用が縮小しようとも、発明と適応の力が働くことで、世界の秩序は姿を変えるだろうが、不況は過ぎ去る。

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今我々が向き合っているのは貨幣と信用であり、それは単なるデジタルな記号、会計的な事柄でしかない。真のサービス、それは現実のものだがそれとは異なる。数字を変え、うまく抜け出す事ができれば、再構成された世界に戻ってくる。その時の様相は以前と同じではあり得ず、また以前に比して様々な点で健全なものとなるだろう。歴史を見ればわかる通り、人々は十分に貯蓄をせず、或いは不必要に豪奢な支出をしがちである。

 

リーマンショックとの比較

金融システムへの影響について、2008年(リーマンショック)と比較した時、今回の方が状況は悪い。2008年には相当程度のレバレッジ(負債比率の引上げ)があり、経済が落ちこみ、結果として倒産が起きた。これは同じだ。一方、当時、問題の渦中にあったのは銀行であり、不動産担保であり、論点はこれらの銀行を救済し、貨幣と信用の補填をするかどうかということだった。

現在の状況はより複雑だ。銀行以外の数多くの企業、中小企業が危機に瀕している。それは例えば病院であり、各別に救済の是非を見ていかなければならない。コロナ禍は単なるウイルスの問題ではない。ウイルスは過ぎ去るが、問題はその後に残された倒産した個々の事業である。

加えて、有効な金融政策は少ない。金利は限界まで下がり、中央銀行金融商品を買い支えるだけでは正常化せず、米国、或いは必要とする他国の負債も含めて対処する事が、全世界的な購買力と生産力回復には必要となるだろう。

どの業界、集団、企業が生き残るか?

大きく2つのタイプがある。ひとつ目は(例えばキャンベルの缶スープの様に)レバレッジを必要とせず、人々がどの時代であれそれを必要とする類の事業だ。そして、もう一方にイノベーターがいる。新しい環境に適合し、イノベーションを起こす事ができる人たちだ。彼らはまっさらなバランスシートで闘う事ができる。いつの時代にもそういう人たちが求められるし、かつ現れるものだ。

 

資産の分散

貨幣、クレジット、金融危機の根底にあるのは、収支とバランスシートだ。1930年代、その遥か前から銀行の仕組みとそれに関連するシステムは存在したが、現在はテクノロジーが進歩した事でアルゴリズムを活用する事が可能になったし、それが我々がこの25年間に取り組んできた事でもある。コンピュータを利用する事で、我々は思考を複製し、更には進歩的な方法で思考にレバレッジをかける事ができる様になる。それはこの時代の恩恵と言える。

 アルゴリズムを利用した意思決定には大きく二パターンある。ひとつ目は、予めコンピュータに指令を出し、実行させる。ふたつ目は、コンピュータに入力した膨大なデータから意思決定を行うというものだ。この時、単に機械学習をマーケットに適用する事はできないし、どこに投資すべきかを判断しようとする時、我々は背後で作用する因果関係を理解している必要がある。全てをサンプル化する事は不可能だからだ。

 

いずれにせよ、投資で勝つ事はオリンピックで金メダルを取るよりも難しい。オリンピックで金メダルを取ろうとは思わない人たちが、投資では勝てると考える。しかし、遥かに多くのプレーヤーと莫大なマネーが繰り広げるゼロサムゲームなのだ。

 

個人投資家がすべき事は、アセットクラス、国、通貨等、各種資産を多様化し、分散する事だ。キャッシュ(現金)はボラタリティが低い点で、魅力的な投資ではある。しかし、(訳注:インフレを前提にすれば)それは貴方の購買力を年間2%下げる事でもあり、その点でキャッシュは最悪の投資である。現行の貨幣制度が崩壊し、再定義される時に備えて、いくらかの金(ゴールド)或いはビットコインを買う等、伝統的な発想を離れてみなければならない。キャッシュの危険性については理解しておく必要がある。

 

脱グローバリゼーションと、戦争のリスク

Graham Allisonが著書で述べたように、過去500年は16の国家が覇権を巡って争い、うち12回は戦争になった。戦争になれば、国際的な法体系は機能しなくなる。そして、貨幣とは即ち、国家権力そのものに他ならない

私はグローバリストであり、優秀な人たちと共同の利益の為に働く事を夢見ている。しかし、その理想が死に向かっている。なぜなら、我々は分離された断片的な世界を生きている。

 

米国の脱グローバリゼーションはコロナ禍の前から起きていた。歴史を振り返れば、同様のメカニズムとイシューは繰り返してきた事だ。歴史を学ぶ事を怠ってはいけない。その背景にある理由はなにかを考えなければならない。

例えば、いま私は中国を訪れたいと考えている。彼らは様々な点で、このコロナ禍を乗り越える為に世界の助けになれる。しかし、そう発言する事自体が、政治的なリスクとなってしまっている。この点、歴史をみれば特定の他者の悪魔化(=demonization)の例はいくらでも認める事ができるが、それが今、至るところに存在する。従って、この状況を抜け出し、相互の信頼を取り戻さなければならない。

 

今、かつてのアメリカン・ドリームはどこにあるだろうか。私は1949年、第二次世界大戦後の新秩序の世界で育ったが、そこには共同と調和があった。歴史を見れば、文明のシステムは腐敗、闘争を経て再編され、新秩序を生きる、というサイクルを繰り返している。

現在、米国の教育制度は貧しい家庭にとって、満足な資源を提供できていない。言い訳できないほどだ。

功利主義で全てを実現できると考えるのは間違っている。富は、既に富を持つものの元に分配に行き着くものだ。近年の数百年の歴史を振り返っても、全ての社会システムはシステムを支配しようとする人たち自体の為に作用してきた。起業家は金を手にし、政府と協働し、シンボリックな関係を形成する。

 

システムの自己永続化(=Self-perpetuation)が起きる理由のひとつは、富裕層の教育機会は、裕福でない人たちよりも恵まれているからだ。現在、上位40%の所得層は下位60%と比較して5倍、子供の教育関連に支出している。

 

教育の機会と社会的意義

私は資本主義者であり、このシステムを信じている。パイを増やし、パイをうまく切り分ける事ができると。だが今、社会の生産性を増大させる為には改革と再編が必要だと考えている。それは単に金を分配して物理的な生産性を高めるのみならず、心理的な生産性向上にも寄与するものでなければならない。教育は最良の投資であり、コストを遥かに超えて社会の生産性を押し上げ、全体として富を増大させる。 「ベーシック」という程度概念は存在すべきと思う。それは教育であり、医療であり、その水準は確保すべきだ。実際、犯罪或いは監禁・投獄の形となって、社会的コストとして顕在化する。これは一部の慈善事業のみによって改革を成し遂げる事はできないし、それは政府として取組むべき事である。

 

物事の両面を見る

多くの人は議論の質に基づいて判断を下す事ができない。立場によらず事象を見、架橋的に思考できる人がどれだけいるだろう。報道でさえ、ほぼ全ての依ってたつ立場に応じて選び取る事ができる。物事の両面を見る、それは歴史を通じて脅威とさえ捉えられてきた。それは両極を敵に回す事だからである。私は「思慮深い不同意(=thoughtful disagreement)」の信奉者だが、それは時に難しい。

動物的な敵意に晒された時、その為に闘う事ができるか。誰かに殴りかかられた時、殴り返す事ができるか。それこそ、まさに必要とされている事なのだ。

 

結び

我々は非常に厳しい時代におり、決定的瞬間を迎えているが、うまく乗り越える事ができると信じている。いくつかの重要な事柄について再編が行われるだろう。

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