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コンサルタントとアドバイザーは何が違うのか

コンサルタントとアドバイザー、あるいはコンサルティング業とアドバイザリー業は何が違うのか。この点について、明確なviewをもっている人は少ないように見受けられる。そもそも答えのない問であり神学論争をする気はさらさらないのだが、しかし仮にも近い世界で仕事をしているならば自分なりの定義というのは持っていてもよいのではと思う。

 

自分の理解では、

コンサルティングとは、経営という文脈における意思決定に関する助言を生業とするものであり、

アドバイザリーとは、特定の取引に関する助言を生業とするものである。

 

役務の提供対象がそれぞれコンサルティングでは「経営」、アドバイザリーでは「取引」であるという点は、両者の特質を隔てる大きな要素であろう。

 

コンサルタントの対象範囲は、課題の特定から解決方法の提言までを包摂する。経営という文脈で、という限りであれば経営戦略、マーケティング、財務、人事、IT・デジタルと業界・実行施策の別なく広範に助言を提供することが可能である(し、また実際にそれぞれの分野にxxxコンサルタント、と言われる人たちがいる。なお、個の職業人のキャリアパスとしてはシニアになるにつれら「特定の業界」×「特定の実行施策」に濃淡はあれども専門生を強めていくことになる)。

この点、いわゆるコンサルタントの中でも"戦略コンサル"、"戦略コンサル"は一般に別軸で語られることが多い。それは、特定の実行施策から出発しないという点でまさしくCEOアジェンダ・経営アジェンダゆえ、問の抽象度が高く、従って課題としての難易度が高いと見られているからであろう。

 

但し、コンサルタントといえども士業等、法規により有資格者に助言業務が限定されている領域については扱うことができない。財務にせよ、スコープは管理会計関連に限られる(制度会計は公認会計士の専業である)。

 

一方、弁護士もしくは投資銀行・証券会社又はブティック系M&Aファームに所属し助言業務を提供する人たちは“アドバイザー”と呼ばれるのが慣例である。やや堅くなるが、前者は訴訟・執行(法規に基づく双務・片務的な権利義務関係の確認・強行)、後者は証券取引(私的自治に基づく双務的な権利義務関係の発生・移転)をその役務の内容とする、と言い換える事もできるかも知れない(思い付きで書いているので、厳密な定義としての正確性には余り自信がないが)。

 

ここから何が言えるか、各人の所属・流派によって見方は様々ありうるだろう。ここで、アドバイザーという立場に重心を置いて私見を述べると、

 

コンサルがクライアント・ワークであるのに対し、アドバイザーにはクライアントに加え、利害の対立する第三者が存在するというのは大きな違いの一つである。従って、「折衝・交渉」に関する素養かテクニカルな知見に加えて重要となる。英語で言うところの"confrontation"に耐えうる資質の有無は、向き不向きを判断する一つの分水嶺である様に思うし、また大変骨が折れる一方で醍醐味あると所以と思っている。

 

一方で、「資本市場を考える会」で服部先生がM&A助言業務について述べておられた様にアドバイザーは通常、取引のリスクを最小化し価格等の取引条件を最適化する事のみにフォーカスする。従って、その前提としての経営判断自体は是とし異議を唱える事は通常期待されないのは物足りないところかも知れない。また、そもそもフィーの体系として成果報酬のウェイトが大きい為、そもそも案件自体が取りやめとなれば別の食い扶持を探さなければならないので、インセンティブが働かない構造にもある。

 

しかし、その職能に関わらず信頼に値するプロフェッショナルと目されていればクライアントもその意見に耳を傾けるものであるし(一流企業の経営者が真に耳を傾ける、という意味で"本物の"コンサルタントは日本に数名しかいない、という趣旨の発言が波頭氏・富山氏の対談録にもあった)、また経営判断とは何事も可能性の議論であり、あくまで取引としての最適解を導出するというのが本来求められている価値であろう。

また、取引条件により担保できない重大な瑕疵が(仮に)存在するとすれば、それは第三者のプロフェッショナル(士業或いはコンサルタント)によるデューデリジェンスによって検出されるべきものであろう(レポート自体を改竄する等のおよそあり得ない事態を除けば)。従って、文字通り意思決定における(事実の把握、評価、経営判断における)適正手続きは確保されているのであり、恣意的に議論を誘導するなどとてもできたものではない。利益相反の批判はナンセンスである。月並みな結論となるが、結局は個々のプロフェッショナルの力量と矜持の問題でしかないのだろう。