自戒と備忘、虚構と酔狂

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成長曲線の射程と傾斜

成長曲線の射程と傾斜、という事を最近よく考える。

 

これが自分のやりたい事である、という強い目的意識がなければ徹底的に没入する事はできないし主体的な創造性が働く余地はない。自ずと妥協も生まれる。成長曲線を人並み以上にintensifyする理由もない。成長曲線の射程と傾斜は、当人の目的から逆算して導かれるものでしか有りえず、本人の意思に反して他人が設定するべきものでは決してない。

 

採用なり、"人"に関わる業務上、しばしば投げかける一連の質問がある。

「あなたはどういう存在になりたいか。なぜそうなりたいか。ここに居る意味はあるか。」

これは、個々人の成長曲線の射程と傾斜をどう設定するか、という事を聞いている。

 

そこに対して明確な言葉をもっていなければ、少なくともわざわざこんな辺鄙なところで仕事をする意味はないと思う。あくまで双方向的な、建設的な会話の為だ。情熱を偽ってまで就くべき職だとはとても思えない。 

 

個人的にはキャリア、という小奇麗な言葉に収まらないような熱量と衝動に突き動かされている人が好きだし、立場や所属を問わず、そういう人と働く事は気持ちが良い。それは目的意識を共有できているからだと思う。

 

何の為にここに居るのか、その明確な理由を持ってない人間が苦しい局面を乗り越え成長する事はない。特に、外国に来れば人並み以上に苦労をし、時には侮辱や裏切りに遭う。自分の依るべき志が無いならば、立ち続けている事さえもできない」。そして、しかし君にはある、という余りに勿体無い言葉をかつて頂いた。

 

思い出す度、この言葉に恥じぬように生きたいと思う。