スタートアップ戦略の定石

時節柄、昨年の振返りと来年の計画を考える頃である。その過程で、以前にごく私的なメモとして残していた走り書きが目に入った。「スタートアップ戦略の定石」と些か大層な題がある。

そんな文章を書いたことさえほぼ忘れていたのだが、読み返してみると(多分に概念的かつ簡素ではあるものの)大枠としてはそれなりに俯瞰的な整理はされているように思われたため、備忘も兼ねてここに記録しておく。便宜上、「スタートアップ」という言葉を用いているが、広く非ドミナントプレーヤーによる、新規性の高いモノ・サービスによる市場における戦い方を、念頭に入れている。

 

スタートアップ戦略の定石

1. コンセプトを削ぎ落とし、磨く

2. 明確な機能を持つ

3. 時流に先んじて仕込む

4. 市場・競合の構造的誤謬を特定する

5. 参入障壁を築く

 

 

「1. コンセプトを削ぎ落とし、磨く」、「2. 明確な機能を持つ」

顧客創造の不可欠な前提としての価値の認知、記憶、想起マーケティングの基本である。ここで伝達するべき価値が「コンセプト」であり、「機能」である。

新規性の高い市場 / モノ・サービスというのは、当事者を除くと実に曖昧模糊としており、殆どの場合、傍目には何をやっているのかよく分からない。よく分からないものは記憶に残らないし、記憶に残らないようなサービス・プロダクトが利用されることもない。「1. コンセプトを削ぎ落とし、磨く」、「2. 明確な機能を持つ」は、こうした典型的課題に対応している。

 

「コンセプト」とは抽象的な価値であり、ステートメントとして簡潔な言葉で表現されていることが望ましい。対して「機能」とは、具体的な価値であり、要するにモノ・サービスを利用することで、何がどうなるのか、ということを指している。あくまで喩えとしてスターバックスコーヒーを引き合いに出すと、前者は「サードプレイス」、後者は「コーヒー」という具合になるだろう(やや荒っぽいが)。自分たちの「コンセプト」と「機能」については徹頭徹尾、自覚的になり、一言でいうと何か?という問を不断に向けて表現を削ぎ落とし、磨き込むというのは企業としての存在意義自体を定義し、外部に宣言することであり、最も重要な作業である。

 

「コンセプト」と「機能」は常に相互補完的である。この点、B2B系のサービスを扱うスタートアップのピッチが「コンセプト」の位相にとどまり、対応する「機能」についての説明が不足、あるいは一読了解ではない、ということがまま見られる。すると、聞き手としてはそもそも“何屋"なのか認知できない(そして忘れ去られる)。一方で、モノ・サービスの「機能」面の説明だけでは価値は十分に伝達しえない。機能とはあくまで個別の具象であり、「コンセプト」によってはじめて、これらを統合的一体的な価値として表現することができる。

 

補助線としては常に、対競合の視点を練り込むべきである。新規性が高いゆえに競合がいない、というのはあくまでサプライヤー視点のレトリックであり、往々にして誤謬である。目を向けるべきは、ユーザーの視点にたったときに、彼らがどのような選択肢を有しているか、その上でなぜ自分たちを選ぶべきなのか、という顧客の潜在的(かつ究極の)問に対する解を提示することである。

 

「3. 時流に先んじて仕込む」

今ある超巨大企業も、時代を遡れば元々は資金も人材にも乏しいスタートアップである。それぞれの勝因を紐解く際、往々にして創業者の天才がクローズアップされることが多いが、具体的な事業の成功というのはタイミングスペシフィックな時代的条件に依っていることにも気づく。スティーブ・ジョブズであれ、マーク・ザッカーバーグであれ、あるいはジャック・マーであれ、いわばマクロ的な時流に乗ってメインストリームに躍り出て、その後今に至る事業の礎を築いた。

 

時機を失さないことが事業成功の欠くべからざる要件とするならば、抽象的にいえば時流に先んじて仕込むというのが鉄則になろう。時流に先んじて、というときの期間はおおよそ5年~最大10年程度の期間になるだろう。拙速に過ぎると大一番にたどり着かずして燃え尽き、遅きに失すると果実を失う。時機と状況に即応して畳み掛ける布陣を張り、そして潮目を見極めること。そして競合に先んじてしておかなければならない。

 

「4. 市場・競合の構造的誤謬を特定する」、「5. 参入障壁を築く」

営利企業は、既存の本業(戦略的ドメイン)に対して経営リソースとガバナンスを最適化する。裏返すと、戦略的ドメインから距離が遠い事業ほど手薄になるのは勿論、仮にコンフリクトが生じるような場合は既存の本業を優先せざるを得ない。これは至極合理的である反面、新規事業 / フロンティアへの進出という文脈においては足枷となる。両利きの経営、ということが言われるようになったが、これは言うは易く行うは難しである。組織の構造に加え、その組織の文化、これは得てして無形かつ評価が困難であるが、企業体の経営において確実に大きな影響を持っている。外面的な構造を変えたとしても、そこに流れる組織文化自体が変わらなければ、変革は起こり得ない。組織文化とはあくまで経営活動からみれば付帯的に醸成される結果ではあるが、だからといって軽視してよいということではない。

 

規模で劣るスタートアップは固有の既得権益がないからこそ、自在かつ任意に戦略的ドメインを定義することができる。それが、市場・競合の構造的誤謬を特定するということである。組織文化についてもゼロベースで、戦略的に(かつ不断の努力に依って)形成することもまた可能であろう。これが持たざるものゆえに有する、(数少ない)強みである。

 

先行者として素早くその構造的間隙につけ入り、複利的な力学が働く構造的優位を確保し、そこに参入障壁を築くことで、柔能く剛を制す式にマーケットを制すること、これがスタートアップ戦略の定石である(さもなければ、顕在化した機会を追随する資本のパワーに駆逐されるのみである)。