矛盾の包容

"謙虚な傲慢"や、"柔軟な我流"など、そういう一見すると相反する素養を兼ね備えていることが人間性に奥行きを与えるのだと思う。

 

これは所謂アウフヘーベン止揚)を言っているのではなく、むしろ矛盾する概念を矛盾するままに包容するということだ。

 

論理的に筋が通っていない(ように見える)概念を自分の中に併存させるというのは生易しいことではない。最初から最後まで観念的なメモになってしまったが、一言でいえばその許容度がつまりは当人の器ということなのだろう。