シティ伝説のバンカー、シーグムンド・ウォーバーグ

歴史学者のニール・ファーガソンは、先の大戦後における金融街シティの復興において最も重要な役割を果たした人物は、シーグムンド・ウォーバーグ(Sir Siegmund George Warburg (30 September 1902 – 18 October 1982))であると述べている。1946年、シーグムンドがロンドンに設立したS.G. Warburg & Co.(以下、"SGW&Co.")はシティに現れるや、英国初の敵対的買収、ユーロボンド市場の創設という革新的な仕掛けによって英国金融街にその名を轟かせた。なお、SGW&Co.はその後紆余曲折を経て1995年にスイス銀行に買収されており(現UBS)、今やその名前は歴史にしか見ることができない。

 

シーグムンドについて語る上で欠かせないのが、彼の出自である。ウォーバーグ家はドイツ・ハンブルグに出自を持つユダヤ系の一族であり、ロスチャイルドに代表されるユダヤの名家と同様、ウォーバーグ家もまた金融によって財を成した。しかし、数世紀に亘り欧州各国に盤石のネットワークを張り巡らせたロスチャイルド、あるいは大西洋西側の新大陸(アメリカ)においてかつてモルガンと双肩する地位を誇ったクーンロープ商会などと比較すれば、当時のウォーバーグはハンブルグというドイツの一地方の名家に過ぎなかった。

 

また、ウォーバーグ家において傍系にあったシーグムンドに対する本家、親類の応対はおよそ協力的とは言い難いものであり、実質的な支援は一切得られなかったという。家系的に傍流ゆえに嘗めた辛酸は、ウォーバーグの姓をもつ彼が本家ハンブルグから遠く離れたドイツ南部の都市バート・ウーラッハに育っていること、大学教育を受けることなく19歳から働き始めたという事実からも窺い知れる。

 

ナチスドイツの迫害を逃れたどり着いたロンドンにおいてシーグムンドは紛れもなく新参者であり、だがそれゆえに、旧来的な慣行や不文律に物怖じせず、敵対的買収という“禁じ手”を仕掛け、成し遂げることができたのだといえる。偉大にして異端。彼を端的に表すならば、そういう形容になるだろうか。

 

年末、個人的なテーマとして金融史に関する書籍を読み漁った。その中でシーグムンド・ウォーバーグという人物の歩んだキャリア、そして彼の生い立ち、パーソナリティとも相まった独自の思想は比類なく魅力的であり、また彼が残したメモが伝える組織運営やプロフェッショナリズムに関する考え方からは学ぶことが多かった。時間を見つけて別途、このブログにメモとして残したいと思う。

 

なお、シーグムンド・ウォーバーグあるいはウォーバーグ家について書かれた本は然程多くはない。その中で、ニール・ファーガソンの"High Financier"、そしてロン・チャーナウの"The Warburgs"の2冊を重要な書籍として推薦したい。